知覧(鹿児島)の特攻平和会館を訪れての感想

8月に短い夏休みを利用して鹿児島にある知覧の特攻平和会館に行ってきました。

鹿児島市から知覧にある平和記念館までは車で50分ぐらいです。知覧の平和記念館は、飛行場があった山の中(内陸)にあります。

知覧の特攻平和会館

知覧の特攻平和会館
知覧特攻平和会館
知覧の特攻平和会館の案内板

平和記念館の敷地内には、戦争当時の飛行機の復元模型が展示されております。随分と大きいんだなと思いました。こんな大きな飛行機を操縦して戦っていたんですね。

知覧の特攻平和会館の敷地内の飛行機
知覧特攻平和会館の敷地内
知覧の特攻平和会館の敷地内の飛行機

展示

展示をみての感想

建物の入口を入ると、海中から引き揚げられた海軍の零式艦上戦闘機が展示されています。

また、特攻の映像も流れています。

海中から引き上げられた海軍の零式艦上戦闘機
海中から引き上げられた海軍の零式艦上戦闘機

復元された海上特攻の一つである震洋艇も展示されていました。

初めて知りました。
ずいぶんと大きな船だと思いました。

知覧の特攻平和会館内の震洋艇
震洋艇
知覧の特攻平和会館内
特攻遺品室の入口

遺書などの遺品が展示されている特攻遺品室内は、写真撮影が禁止でした。

写真撮影が禁止されている分、しっかりと集中して館内を見て回ることができました。

初めて知ったのですが、知覧の飛行場からの特攻は、沖縄戦におけるアメリカ軍に対する特攻だったということです。

また、沖縄のアメリカ軍に対する特攻は、波状攻撃のように、絶え間なく、十数回にわたる特攻隊による出撃があったということも知りました。

インターネットの記事を読むと、特攻はほとんど無意味だったという記事もあります。

しかし、特攻により沖縄戦のアメリカ軍は大変苦しめられたんだなと思いました。

また、沖縄は捨て石だったと言う見方があります。

しかし、知覧飛行場などから出撃して沖縄に向かって沖縄のアメリカ軍に特攻して亡くなられた方が2000人ほどにもいます。
特攻した人達の立場から立つと、捨て石ではなくむしろ命を捨てて守ったんだと思いました。

義烈空挺隊

義烈空挺隊の展示もなされておりました。
初めて、義烈空挺隊を知りました。

占領されていた沖縄の飛行場にむけて、12機が飛び立ち、1機だけが強行着陸に成功して、闘った部隊です。
アメリカ軍によると、あと1~2機さらに着陸していたら、甚大な被害が出ていただろうとのことです。

ものすごく勇敢だと思いました。

知覧の特攻平和会館内の絵画
知覧の三角兵舎
知覧の三角兵舎
知覧の特攻平和会館の灯籠

最後に

訪れて良かったです。

家に戻った後、当時の戦争についてもっと知りたいと思いました。
考えたり調べたりするようになりました。

知覧の特攻平和会館は、トリップアドバイザーで訪問したい博物館1位になったことがあるんですね。

知覧の特攻平和会館はトリップアドバイザー1位


特攻隊員の方は、自分の1万倍はすごいなと思いました。
敬服しかありません。

鹿児島の南さつま市には、万世特攻平和祈念館もあります。
また鹿児島を訪れたときには、万世特攻平和祈念館を訪れたいです。

鹿児島についてのその他のブログはこちらです
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この記事を書いた人

弁護士水谷真実

弁護士水谷真実

東京の新宿駅の近くの新大久保で、弁護士事務所開業。弁護士7年目の若手。離婚事件、一般民事事件、新大久保近辺に住む方々の事件、外国人の事件。ブログは主に仕事、その他気の向くままに。
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